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vol.3 ことばの魔力

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互いに好き合っている者同士が、やむにやまれぬ事情からこの世では添い遂げられなくなって共に死を選ぶ。心中は究極の純愛と言うこともできるけれど、どうも昨今はそんなきれいごとでは済まされないケースばかり。相思相愛の心中なんてほとんど聞かないかわりに、一方的な無理心中事件が世間を賑わせる。

ストーカー男が元恋人の結婚後も執拗に追い回し、ついには相手を殺して自分も自殺するという最悪の事件もあった。さらには、自殺願望がある若い女性たちにSNSで心中をもちかけ、相手だけを次々と殺した(たぶん)震撼すべき事件も記憶に新しいところ。

かくしてこのご時世、現実はあまりにも殺伐としたもので、実際の事件をネタにしたフィクションといっても生々しくなりがちだ。関係者が存命だと自由な創作にも限度がある。


死と官能のドラマへ昇華させた近松

そこへいくと江戸の昔はそれこそやりたい放題で、センセーショナルな事件が起きれば、戯作者たちはこぞって飛びついた。特に近松門左衛門のような天才の手にかかれば、心中も甘美にして官能的な愛のドラマに生まれ変わる。
秋元松代が『近松心中物語』の下敷きとした近松作『冥途の飛脚』も、実話をもとにした浄瑠璃だ。飛脚屋の養子忠兵衛が金を盗んで遊女梅川を身請け。逃亡するもあえなく捕まり、忠兵衛は処刑、梅川は廓に戻され、後に出家した──とされる事件。
近松以前にも歌舞伎や浄瑠璃の題材になっていたくらいだから、もともと注目度抜群のニュースだったには違いないが、初演から300年を経て今なお近松作品だけが生き延びている理由は、心中に至る登場人物たちの性格や心のうちを丁寧に描いていること、そして何より近松が書くことばの強い磁力にある。

例えば、今回小池栄子演じるお亀が憧れる『曾根崎心中』(1703年初演)。こちらも実際に起きた心中事件をもとにしたもので、醤油屋の手代徳兵衛が金をだまし取られ、恋人の遊女お初と心中するまでを描く。現実の事件後わずか1カ月後に初演、51歳の近松が、遅咲きの人気作家として一気に名声を高めた大ヒット作だ。
クライマックス、お初徳兵衛の道行「天神森の段」の、有名な出だしはこう。
〈この世の名残、夜も名残。死にに往く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつに消えて往く、夢の夢こそ哀れなれ〉
そしていよいよ心中というその時、梅川の肌に刃を立てようとした徳兵衛が迷いを見せると──
〈女は目を閉ぢ悪びれず「早う殺して殺して」と、覚悟の顔の美しさ〉

とこう近松先生は書くのですねぇ。覚悟を決めて男に「早く殺して」と迫る女の絶唱。死と官能が渾然一体となった凄絶さに、ゾクゾクッとしびれるばかり。


どっぷり浸かる直球“秋元節”

そんな“近松節”に触発されているだけに、本作で秋元松代が書く台詞の数々もうねるような高揚感があって実に力強い。本家近松は七五調に乗せ、どこまでも美しいことばの連なりで聴く者を陶酔させるが、こちら“秋元節”は内容もてらいなく、とことんストレートだ。今どきなかなか聞けない直球勝負の台詞は、こちらも逸らさず正面から受け止め、臆面もなく“梅川・忠兵衛二人の世界”にどっぷり浸ってしまうのが一番。それでもどうにもこそばゆいという向きには、ちゃんとお亀・与兵衛というコメディリリーフがいるのでご安心を。
近松が「義理」と「情」の狭間で悶える男女の機微を描いたのなら、秋元はそのストレートな言葉の力で、「心中」という悲劇のおもてうらを、陶酔と滑稽を行き来しながら描き切ったのである。


文:市川安紀

vol.1 伝説はアップデートされる
vol.2 対照的なカップルたち
vol.3 ことばの魔力

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